中村勘三郎さん、ご冥福をお祈りいたします。
中村勘三郎さんの病状は
・食道ガンの術後、ARDS(急性呼吸促迫症候群)発症で
ICU搬送
ICU搬送
・肺胞が浮腫を起こし機能しなくなり肺水腫の病態
・肺に酸素を送り込む器具では酸欠状態が改善せず 、エクモ
(体外に導いた血液に直接酸素を送り込む人工肺 )使用
・エクモ使用指針=人工呼吸器による治療では低酸素状態が治らず
死亡率が8割以上 と想定された時に決断するとされている。
いわば最終手段 だったようですね。
実家の父は、万が一の時は医者の判断で人工呼吸器をつけるという承諾書にサインはしたが、口からだと思っていた。急変して着けたという連絡もなしだった。前日は普通に会話もしていたし、いつものように次の日に行ったら、麻酔で眠らされ気管切開喉に管が刺さっていた。麻酔をしていないと本人が取ってしまうからだとか。それから何日生きたんだったかな… 麻酔をかけられたそのまま目覚めることもなく亡くなった。
嫁ぎ先の母は癌だった。診察、手術、抗ガン剤治療など本人の決断でおこなっていたし、自分だけが知っていればいいから家族には言わないでと先生に言っていたようだ。少し痩せてはきていたが3年くらいは元気だったし、本人も調子はいいと言うし、安心していたら… 末期の末期になって先生から…手術した時はすでに末期だった、もういつ命が終わってもおかしくない状態だと聞いた。それから数ヶ月は生きたが、食べても痩せていく、食べられなくなる。栄養の点滴。入退院を繰り返し、家がいいと帰ってきたが、結局本人の希望で病院へ。延命処置をしても苦しい時が長引くだけで回復する見込みはなかったので、痛みだけとってもらい延命処置は何もしないとお願いした。輸血を繰り返し人工呼吸器をつけ少しでも長く生かしてあげた方がよかったのかな… そんな状態でも母はまだ死ぬとは思っていなかったから… と、その直後は思ったこともあった。
様々な生きかたがある。
私は自分のチカラで生きられない時は、
それが寿命だから私は私の命を終えるときだと思っている。
それが寿命だから私は私の命を終えるときだと思っている。
でも、氣功と太極拳で私の寿命はなかり延びたんじゃないかな
これから、さらに延びると思うしね(*^^*)
死ぬまでは、しっかり生きるよ( ^_−)−☆