昔は、正確な形や動作をすることによって、
氣が流れる、重力を上手く利用できる。
そう思っていたけど…
その正確なものを真面目に『練習』しているうちに
その人のその形やその動作になっていく。
その時はじめて、その人のものになるんだ
そこから、練る… 『練功』になるんだ。
そして、更に練功が深まれば…
その形や動作をする事によって
氣が流れるのではなく
氣が流れる
形や動作になってくる
それは、
『意』が『氣』が導いてくれる。
最近、逆上せ気味で
氣を下げよう… なんとかしよう… と、
ズット意識的に息を吐きおろしたり色々していたけど
イマイチだった…
あっ…
私は何もしなくていいんだ…
何かをしようとしてはいけないんだ…
そう感じた、今日でした(*^^*)