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2014/01/19

気の舞、自由舞(#^.^#)

またまた、日付が変わってしまったが(^^;;
1月18日(土)

今日は、百会とかツボを
縦に…横に…  内に… 外に… と開く事をしていて
ゆるんで気持ち良〜くなっていたので

ゆったりと体の中の流れのままに
それを感じながら動いてみた。
太極拳をしてみた。

これが気の舞かな…



そろそろ自由舞かな(#^.^#)



2012/12/07

開放感。。。 一体感。。。 至福感。。。


座禅・・・



瞑想・・・



氣功・・・ 




今、私がしているのは何なのかな・・・ 

夜、就寝前にしたりしてるんだけど
自分流でだけどね

昼間もチョコチョコとは、やったりするけど

まぁ~名前はどうでもいいんだけどね(*^^*)



心も身体も『ゆるめた』状態で、
あぐら?らしき座り方(蓮華座も出来ないから(^_^; )で


百会、印堂、壇中、命門、湧泉、労宮…  など
ツボを開いてやる



ゆっくり 吸って・・・ 

ゆっくり 吐く・・・



開放感。。。



一体感。。。



至福感。。。













結跏趺坐 (けっかふざ)は、仏教ヨーガにある瞑想する際の座法結加趺坐と書く場合もある。
「趺(あし)」とは足の甲のこと、「結」とは趺を交差させ、「跏」とは反対の足の太ももの上に乗せること。したがって趺を結跏趺して坐(すわ)ることをいう。結跏趺坐は足を結んだ形をしているのが特徴である。片足を乗せる上下で吉祥坐・降魔坐と呼び、その意味も異なる(後述)。
なお、足を結んだ形ではなく、両足を重ねる座り方を、半跏趺坐(はんかふざ)という。

  • 吉祥坐(きちじょうざ)、左足を右腿の上に乗せ、右足を左腿上に乗せる方法。脛の交差は右が上となる。蓮華坐(れんげざ)ともいい、悟りを開いた者の坐法である。
  • 降魔坐(ごうまざ)、右足を左腿上に乗せ、左足を右腿の上に乗せる方法。脛の交差は左が上となる。修行中の姿をあらわす坐法。



2012/09/10

『ツボ』を開くとは・・・

昨日の「百会」を開く ということに関して

和気さんがtwitterで 
紅さんは開いていると思います。僕たちの気功の舞では、百会から気を吸い入れたり吐き出したりしながら舞いますので、その気感はありますが…。太極拳ではどうなんでしょうね
とコメントして下さった。
 
武術意識の太極拳の時は足裏の湧泉がメイン、気功太極拳の時は百会と湧泉で気呼吸?している感覚でしょうか・・・ 今夜、いろいろと検証してみますm(*- -*)m 
と返答したので・・・ 

向き合ってみよう!



そもそも・・・

『ツボ』を開くとは どういうことなのか?




http://genkiminamoto.jugem.jp/?cid=19
以下は ↑ より引用させて頂きました

手のひらの中央に労宮というツボがある  
気功法を続けているとこのツボが開いてくる
開くといっても見た目に何か変化があるわけではない
感覚的に開く感じで まるで部屋の窓を開けた感覚だ

身体と外がつながる感覚
労宮の開きが大きくなれば全身でつながりを感じるようになる

つながる感覚とは電波の送受信のようだ
そして次第に皮膚の表面を電気が走る感覚になる

中国医学に経絡が説明されている
経絡とは気の道を図解したものだ
なるほど経絡があるなと身体が感じる
この頃になると邪気も受けやすくなる

身体に邪気が滞留しないように
常に身体から出すことをしなければならない
怠れば感覚が鈍り また身体を悪くする

謙虚に謙虚に 毎日外に出す

気の感覚に目覚め予知能力に優れたり
人を癒す能力に優れたり人のお役に立てた方が
後にお身体を悪くされたり能力がなくなられたり
これらは出すことを怠ったためであろう

毎日外に出すことだ
出す方向は下に 下に下に出す

下から出せば謙虚になれる
大自然に対して謙虚でなければなるほど
一体になる

~~~~~~~~~~~~





あるとき手のひらの真ん中「労宮」が熱くなった。
何もしなくても熱いものがジワジワと出ている。

それまでは、掌を向かい合わせてとか気のボールをとか
意念を用いて練功はしていたが、普段は冷たい手の時もあった。
(その前は夏でも氷のような手足だったので徐々には温度は
 上がってはきていたんだけどね^ ^; )

今思えば、
その熱くなった時に、「労宮」が開いたのだろうか・・・



2012/09/09

「百会」を開く

「百会」を開く…

ん〜
今、座ってやってみているのだけれど…

これが 百会を開くということで、いいのかな?

太極拳をしている時は、どうなっているにだろう?
すごく気持ちがいい時は開いているのだろうか…




http://inamasa.blogspot.jp/2012/02/blog-post_05.html  
以下、  ↑  こちらより引用させて頂きました

頭のてっぺん,頭頂の一番高いところにあるツボを「百会」(ひゃくえ)という。もう少し精確にいうと,左右の耳介(耳たぶ),または,左右の耳孔を垂直に結ぶ線と顔の真ん中を走る正中線とが交叉するところ。解剖学的にいうと,頭蓋骨の縫合結合が最後に完成するところ。生まれたばかりの赤ん坊の頭蓋骨の縫合は完成していないので,ペコペコと動いているのがわかる。その部分が「百会」。

指先の感覚の鋭い人であれば,正中線をたどって頭頂にいたると,ほんのわずかに窪んで柔らかいところを見つけることができる。ここが「百会」というツボ。もちろん,赤ん坊の百会に触れてはならない。からだの中の気がとおる道。

この百会に対応しているツボが「湧泉」(ゆうせん)。足の裏にある土踏まずの部分にある。この湧泉から大地の気を吸い上げ,からだを通過させて百会から,外に放出する。気がとおる,という。熟達してくると,涼しげな風を感ずる。とても気持よく,快感そのもの,と李老師はいう。

「百会を高くして立つ」と,李老師はいともかんたんに仰る。ところが,これがまた,とても難しい。ただ,立つだけのこと。太極拳は,この立つ姿勢にはじまって,最後もまたふたたび,ここに帰ってくる。礼にはじまって礼に終る,と武術の世界ではいう。太極拳ではこの立ち姿にすべてが集約されている。この立ち姿をみれば,どれだけの熟達者であるかは,即座にわかるという。気の流れるからだをわがものとすること・・・・これが太極拳の究極のゴールでもある。

百会が開くと,大地の気と天の気が自由自在にからだを流れるようになる。すなわち,自然界とからだとの一体化。このときが至福のときだ,と李老師はいう。「気持ちがいい」「快感」「恍惚」と表現はさまざまに変化する。しかし,そこは明らかに自己の身体の<外>と交信する場でもある。「わたしの身体がわたしの身体であって,わたしの身体ではなくなる」<場>。



2012/08/08

頭痛のツボは…

久しぶりに頭痛…

偏頭痛?



 天柱   風池   百会   合谷  …
外関

あと名前は…
コメカミのところ   肘の内側のところ
耳の下あたり…     (^^;;


と、 適当にツボ押し!
関係ないのもあるかも(^^;


ん…  かなり 改善したかな…

どうかな (*^^*)



昼間には
邪気を吐き出す…
洗い流し  採氣などしたよ~ (^_−)−☆


そういえば最近やってなかったな(^^;;