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2013/06/06

無極は… 空(くう)で「ふぁんそん」


「太極は無極にして生ず… 」 と 「太極拳経」の最初にある。

太極(太極拳)になるには、まず無極である必要がある…


では、無極とは…  

無? 何もない?


ふぁんそん(放鬆)とは、
字の如く、鬆(す)、即ち、空洞(空洞感)が四方八方に放散している
状態の体感である。その体感は、皮膚という内外を隔てるバリアを越え、
この大自然と一体になった、いわゆる天人合一の体感であり、空(くう)
の体感である。
http://blog.livedoor.jp/fansonkurabu-benkyoushitsu/archives/25899934.html

植物性機能に着眼したのが、ふぁんそんテクニック
http://blog.livedoor.jp/fansonkurabu-benkyoushitsu/?p=13

 ↑ 私が、ふぁんそんテクニックを教わっている、
和気さん(和気信一郎先生)の言葉をお借りして…

「無(む)」というのは、何もない。
「空(くう)」というのは、空(くう)という存在がある。



私が、昨日 
「ふぁんそん」を極めれば、無から太極が生まれ…  となる?
と、言った、この「無」は、
ふぁんそんテクニックの空(くう)の状態、つまり「ふぁんそん」

そこから、丹田感覚が生まれ、氣沈丹田・虚領頂勁と陰陽に分かれ
身体の内側の動き⇒ 身体の外側の動作となり 太極拳となる。

だから、意識的に氣沈丹田にして虚領頂勁にしてではなく
自然に動き出して太極となり… ということね!

分かるかなぁ~(*^^*)







天人合一というのは…

自分の皮膚のバリアーをなくし自然と一体になる
それで太極拳をおこなえば、瞑想太極拳というのだろうか…


太極拳は敵に自分の氣を悟られてはいけない… と聞いたことも…
皮膚にバリアーをはり己の氣を外へ出さないということ?




また、話が それそうだ…(^^;)



まっ、私が出来るのか~とかは、別にして(^_^;)
いろんな感覚を味わう事が出来る太極拳があるって 楽しいね(^_-)-☆




2013/05/28

空氣との推手か!


今まで、太極拳をおこなう時に
体内の動きばかりに、私の身体にばかりに、氣がいっていたが、
体外、私の身体の周り、周囲の空間がある。

そこにも空氣、氣があり、流れがある。

水中で動くと水圧を感じるのと同様に、空氣の圧を感じる事ができる。


例えば、腕を上げる動作の時

体操のように真っ直ぐ棒状に腕を上げれば、
腕の上部の空氣は分かれて腕の下側へ流れ込む。
下ろした時も同様に動いた反対側に流れが出来る。
(何かの実験で空氣の流れを撮影したものをテレビで見たが
あんな感じって、分かるかな(^^;)


しかし、太極拳の起勢(チーシー)ならば (ふぁんそん状態が必須)
腕の上部の空氣は動作とともに別れず全体的に多少圧縮され上がっていき
腕の下部の空氣も待ち上げられていき、また推さえられていく。


これって、周囲の空気が大きく動かない空氣の流れが出来ない乱れないから
敵に察知されにくい! かどうかは定かではないが(^^;)


さらに、太極拳は円運動と言われる。
外の形だけではなく、勁力と呼ばれるチカラによって身体の外側にも
動作に伴い、空氣(氣)の円(球)が発生し回転している… 纏っている? 


今までも自分の周りの空間の認識、感覚は多少あったが、
今回、新たな感覚を体感できた。

これは皮膚の感覚をなくし周囲と一体になるとは、違う。
私の身体全体が氣のボールで、周囲の空間との陰陽バランス変化。。。 

これって、空氣との推手か?




つまり…

私の中に太極があり
私の周囲の空間にも太極があり
私と周囲の空間の間にも太極があり
私も含めた周りの空間にも太極がある




またまた意味不明か… ^_^;



この状態でずっと套路が出来る訳ではないが
まぁ~ともかく面白い(^_-)




と、そんな 戯言でした。。。




本日は、ツイ友の松村さんのツイからヒントを頂きました。
ありがとう(=^0^=)

2013/01/23

無極より太極が生まれる たんとう功!


「たんとう功」と言っても、やり方はいろいろあるよな〜 と、

尾骨や腸骨や股や…  位置を微調整したり姿勢を…
いろんなところを 緩めたり… 締めたり… ^^;
肩井(けんせい)と湧泉を繋げてみたり …

いろいろやりすぎて分からなくなっていたところに
こちらの記事と出逢いました(*^^*)

これだ〜! 

無極より太極が生まれる たんとう功!

「太極」は「無極」から生まれます。「無極」がなければ「太極」はありません。

站樁功は立った止まった状態で行う功法すべてを指しますが、通常私たちが練習しているのは、どこにも極をもたせない状態で立つ「無極站樁功」です。無極站樁功は「無」の状態に自分を持っていくことによって「太極」を生まれさせる功法です。

具体的には、静かに立ち、心も身体も力を抜いて、空っぽの「無」の状態に入っていきます。静かに立ち続け我を忘れるようになり「静」が極まると、そこから自然に、何か動きを持った「兆し」のようなものが下っ腹の奥に現われてきます。この現象を「太極が生まれる」といい、これがその後の全ての動きの「種」になります。それは宇宙の成り立ちにも似ているかのようで、何もないところから何か生命のようなものが生まれてくるかのような・・・そんな感覚です。そして「太極」分かれて「陰陽」となり「開合」となり「動静」となり、すべての動きが作り出されてきます。

無極站樁功においては、まず、「放松(ファンソン)」(力を抜くこと)が必須となります。全身の余分な力が抜けるところで、気が本来あるべき場所に戻っていきます。無理に意念で気を集めるのではなく、余分な力を抜いて抜いて抜ききることで、身体が自然の状態に戻るのを待ちます。


站樁功の醍醐味は入静状態、『無極』に入ることです。身体も心も静かになり、さざ波もたたない程になって、初めて様々な変化が出現してきます。   
1.<前方凝視>
目は前方20m位先の地面の一点を見る(首筋が背中からまっすぐに立つようにす
る。顎を引く)。ひと時前方を凝視。こうして雑念を除き心静かにする。 (ちなみに眼球を固定させると考えることはできません。従って妄想も湧きません。)

2.<眼と耳を内側に向ける>
目から出るエネルギーを、次第に自分の眉間(印堂穴)に向けて集め戻してくる(目を奥に引っ張っていくような要領)。同時に耳を閉じ自分の内側に向け、『聞こえるが聞かない』状態にする。

3.<意念で気を下げながら、『松開』(力を抜き、身体を開いていく)>
意念によって気を下に下げる。
眉間(印堂穴)→胸の奥(膻中穴)→丹田(臍下奥の気海穴)→会陰へ、それから、股関節、両脚を通り足裏まで気を下げていく。
気を上から下に通しながら、同時に気の通る箇所の力を抜き、筋肉や皮膚、毛穴、すべてを開き緩ませる。(あたかも全身を水が流れるかのよう。)

4.<入静>
入静状態に入っていく。即ち、次第に、外界を忘れ、我を忘れ、音もない境地『無極』に入っていく。30分以上立つ(^_-) 

上記、こちらより一部引用させて頂きました 。

無極站樁功の要領①    無極站樁功の要領②

2011/10/12

総ては太極なのですね。。。 


私が思うに

何も整っていない混沌とした中(宇宙が出来るまえ)から、
陰と陽が生まれ、それが常に変化し続けながら調和を
保っている状態を太極)(宇宙) という。

陰は陽でもあり、陽は陰でもある。
陰の中に陽があり、陽の中にも陰がある。

     

太極図のように、整っているわけではなく
陰と陽が増減、変化しながら、バランスがとれている状態
勿論、平面ではなく立体で、三次元・・・ 四次元、もっとかも
って・・・基本的に難しいことは分からないっ



太極拳とは、
まさに、その太極そのものだと思う。



そして、私たちも
私たちの動作も生活も 、太極なのですよね。。。