ラベル ファンソン の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ファンソン の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014/09/12

脱力⇒ゆるむ⇒ふぁんそん⇒ファンソン(太極拳)

『脱力』 『ゆるむ』 『ファンソン』 『ふぁんそん』


これらの言葉の指す意味合いについての認識は
人によってかなり違うだろう。


みんな同じじゃないの?と思う方もあるかもしれないが、
私にとっては、これらは全くの別ものだ。





私の認識としては…



『脱力』 

力が抜けて、ぐったりとダラっとしてしまうこと


『ゆるむ』

かたまっているものがほぐれる、かたいものがやわらかくなる 


『ふぁんそん(内的ゆるみ)』

細胞レベルまでゆるみ氣が満ちている
(心身の理想的な基本状態 力やチカラを自由に使える状態
だと、私は思う)



『ファンソン(太極拳)』  

ふぁんそん+緊張 
クリープ現象と同じ状態 


*クリープ現象
オートマチック車で、アイドリングの状態で
アクセルペダルを踏むことなく、車両が動く現象のこと 

 





一般的には違うかもしえないが、私個人としては

『脱力』 ⇒ 『ゆるむ』 ⇒ 『ふぁんそん』 ⇒ 『ファンソン(太極拳)』 

と、思うのだ。





『放鬆』 は、動詞です(*^^*)






と、本日の戯言でした~ヾ(@⌒ー⌒@)ノ 








太極拳のふぁんそんには虎が住む


2013/01/09

これが太極拳のファンソンだ!


北京で太極拳 
「股関節の緩み」より、以下一部引用させて頂きました。
こちらのブログはとても勉強になります。



股関節を緩ます。
時によって、股関節のみを緩まそうとしてしまいがちですが、、

足を肩幅に開いた状態で、
頭を上に吊り上げ(虚領頂頸⇒いかなる時でも吊り上げていなければならない。
大椎も後ろに張っている)~肩を沈めながら息を吸う(沈肩墜肘=肩関節の松開
⇒肘~中指へと突き抜けていく)⇒吸った息は丹田に沈める(含胸・気沈丹田)
⇒同時に肛門を上に引き上げる(尾骶骨の先を前に向ける⇒尾闾中间)ように
すると、背骨の一つ一つが伸びる感覚が生じる(抜背・立腰の完成=背中が
背骨を中心に後ろに張りだして弓を成す⇒これを龍に例える場合もある)⇒
自然に、股関節・膝・股関節が緩む(=収臀・圓裆の完成=臀部が収まり、
股関節はアーチとなる⇒“腰が入る”)。
※上記は、ほぼ同時に行われる。

股関節が緩む(ファンソンが出来ている)~というのは、
「立身中正・気沈丹田が完成した」という結果なのです。

腰は股関節(胯=腰骨の外側)を回すのではなく、
丹田に落とした呼吸の運用(意識による)によって回す~手もしかり、、



意守要求:
不可用心守 不可无意求
用心着相 无意落空
绵绵若存 似守非守
有如清溪淡流

意識し過ぎないように(強制的ではない) 
無意識にならないように(無目的ではない)
丁寧に意識を継続させるように 意識が途絶えて空とならないように
絶えず意識が存在するように 意識は自然であるように
例えるなら 清渓が淡々と流れていくように  







私が、したいのは、言いたいのは
これなんだ!と、思った。

こちらの説明はとても分かりやすく導きやすい
今なら・・・^_^;

同じことを聞いても、功を積み重ねていくうちに
理解や感覚はかなり変わってくるんだよね。



股関節が緩む(ファンソンが出来ている)~というのは、
「立身中正・気沈丹田が完成した」という結果。

丹田に落とした呼吸の運用(意識による)によって動く。




意識し過ぎないように(強制的ではない) 

無意識にならないように(無目的ではない)


丁寧に意識を継続させるように 

意識が途絶えて空とならないように

絶えず意識が存在するように 

意識は自然であるように


例えるなら 

清渓が淡々と流れていくように。




昨夜の練功のあと気づいたことも含め、反省をすると
私は、意識(意念)し過ぎていて流れを強制していたのかもしれない。
そして『ふぁんそん』ということに意識がいっていたんだ。
立身中正・気沈丹田が完成していないまま太極拳をしていた。

私が普段言っている『ふぁんそん』と
太極拳のファンソン(立身中正・気沈丹田が完成)とは違うことを
再認識した。

もちろん『ふぁんそん』が出来ていれば、
太極拳のファンソン(立身中正・気沈丹田)も出来やすい。

何をするにも『ふぁんそん』が私には基本。


今夜はいい感じ(^_-)-☆
百日練功 5日目。。。





2012/09/11

やっぱり 『ふぁんそん』 だね(^_-)-☆


私は難しい言葉で説明されても分からない・・・
理解力がない・・・ と思うヽ(^_^;)ノ

自分の身体の感覚として こんな感じ・・・ と受け入れる。

昔、太極拳の先生にも、
あなたは実践でカラダを触って教えないとダメと言われてた^ ^;



目に見える外の形や動作ではなく、内側の感覚が重要な気功は
そんな私にとっては、とても興味深く面白く楽しく、おまけに元氣になる。

といっても、私は氣感が凄くあったわけではない。

初めてタントウ功をして
スグに手がピリピリするとか温かくなったとか言う人もいるなか、
毎日続けたけれど私は何ヶ月もそんな感覚は得られなかった。

今思えば、その頃はまだ、身体も心も力を入れて生きていたからだろう
数十年間、24時間ずっと・・・  それが私にとっての普通の状態だった。

緩んだ状態を体感して、はじめて自分が如何に力を入れていたか知った。
少しずつ少しずつ、意識することで緩める努力をした。
緩んだ状態の時間が少しずつ長くなるように・・・


でも・・・

ほんとうの『ゆるみ』を知ったのは、和気さんに出逢ってからだな
それも、入口かもしれないけど(*^^*)



何が言いたいのか・・・^ ^;


両手を向かい合わせて、
意識を集中していくら力んで睨めっこしても氣は流ない

緩めることから始まるが、ただ緩めるだけではない
『ふぁんそん』 が出来れば、自然に氣は流れ満ちる
(この「ふぁんそん」は脱力でも一般的なファンソンでもない)


感覚や修得には個人差はあると思うが
真面目に楽しんで継続することだね(^_-)-☆





2011/09/21

放鬆~ふぁんそん~ファンソン~fangsong~


放鬆(ファンシン)の事を、
上手く説明できなくて以前に私の言葉で、こんな風に言っている

「上手く説明できないけど リラックスよりも、もっと緩める 
抜くのは筋肉の力だけではなくて 身体の中が空っぽで 
何もないけど満たされている感じ スゴ~ク緩めるんだけど 
ダラ~とじゃなく シャキッとしている感じ 
リラックスとか脱力とは、違うと思っていた

緩めるんだけど・・・ 
力を抜く 要らない力を抜く 筋肉を緩める ・・・・ 
それだけではない

私の想う放鬆(ファンソン)は 
もっと緩める 中まで緩める 全部ゆるめる」



ツイッターで出逢った
「気功の達人」和気信一郎お師匠さま(勝手に)の
↑
あらため 和気さん の  


「気功の達人になろう」 から 放鬆

『放鬆は、ゆわゆる、リラクゼーションや脱力とは、 
少し違った感じのように思います。 体の中がゆるみ、体の中がゆるみ、
体の中も皮膚もすき間だらけ、穴だらけの空間になって、しかも、
上下左右に伸びやかに広がっていくのです。
その空洞の中を占めるもの、それが気であり、 
僕たちはその気の感覚を体感として感じる訳ですから、
放鬆、ただリラックスしているとか、力を抜いているのとは 
決定的に違う内容を持っているのです。』 
(一部引用させて頂きました。)


この教えによって、
さらに明確な意識で細部まで緩めることが出来るようになった。

そして、その空間を満たしている『氣』によって、
自由で緩んだ充実した状態になるのだと思う。

筋力ではなく、緩やかに・・・ しかりと・・・
内側から膨らむ、その『氣』の圧力によって
身体はしっかりとした姿勢を保つのだと思う

それが、現時点での私の中での『放鬆(ファンシン)』である



さらに太極拳では、
虚領頂勁と氣沈丹田・天と地
これで身体の軸が出来、含胸抜背などの
太極拳要項が満たされてゆく



これが上手くいく時は    
その深さは、限りなく・・・ 

あっ ダメな時も・・・  



「修行が足りんな!」 

「はい」




これは、あくまでも私の個人的なメモで、
その時に思ったことを好き勝手に記しているぅ~
さらに感覚が変化していく事が楽しみに。。。。